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2005/08/29

ウルルン

いやいや観ましたよー。 コタツのファンである 唐橋充 さんが、本場カウアイ島でフラダンスを体験するというもの。 「フラ」ダンスだったのね。 初めて知りました。
普段の唐橋さんの人柄は、想像してた通りナチュラルで良いですね。 『仮面ライダーファイズ』では、彼にとってジャストな役柄であった事を実感しました。 『ドラゴン桜』は一回しか見てないぞ。 追いかけるだけがファンじゃないのだ。 カラハシンブン保存してるし。 いい歳してフォトブック買ったし。

自分が面白かったのは、彼が一番最初に体験したフラ・ダンスで、一般に知られているハワイアン・ダンスではなく、元々男性達だけの力強い舞踏で、「カヒコ」という古典のフラ。 イプヘケという瓢箪をくり抜いたような打楽器のリズムに合わせ踊る古式の神事。 しびれるぜ。 ニュージーランドのオールブラックスが試合の前にやるマオリの「HAKA」を連想させる。 ちょっと調べてみたら、古代ハワイはポリネシア先住民の単一国家であったことやマオリ族には複数部族それぞれのHAKAがあるようで、簡単に繋がりはしなかったものの、南太平洋の古い文化に少し遠い目。

唐橋さんのお師匠さんは、そんな貴重な文化を現代に受け継ぐドリック先生。 明るく大きく太い良い顔をした先生だ。 言葉もいい。 八重山諸島の黒島で出会った面白いおっちゃんにそっくりでびっくり。 人柄は顔に出る。

さて、彼の稽古。 最初は基礎の「カヒコ」。 神事であるから当然禊があり、入門式の後は二日の断食。 許されるのはタロイモをすって発酵させた「ポイ」というものだけ。 彼曰く「大和のり」。 俺も食ったぜ。 確かにそんな感じだ(笑)
そして現代フラ「アウアナ」の基本動作へ。 空腹と、伝統を正確に継ぐという事と、踊り自体の身体操作の難しさ(武術やってると結構分かるもんだね)に悪戦苦闘。 あの下半身の使い方はたまらんです。 一生懸命にステップを繰り返すも思い通りにならず。 能の足拍子にも似てるなぁ~などと、見ている方は気楽なもんですが、彼は実際にフラを人前で踊らなければならないのだ。

発表に先立ち、フラの生まれた聖地で「式」にのっとり奉納演舞を踏む。
ハワイの太陽の空の碧の下、石垣の結界の中でカヒコを踊る。
神聖な男達の舞踏に画面は透き通る。
神はただの岩だと云う。

いよいよ、舞台でフラの発表。 ショーの前、皆で輪になって、手を握り、祈りを捧げる。 

発表。 真剣にフラを踊る、唐橋充。

踊り終えて退場するが、すぐさま先生のもとへ。 教えてくれた先生や他のメンバーに対しての想いもある。 表現者として自分の思い描いた通りに力を出し切れなかった悔しさも。 涙。 しかし、先生は大満足だ。 踊りだけを教えていた訳ではないからね。

彼の稽古風景は懸命で真剣だったのだが、最後の悔し涙や別れの涙にも、どこか明るさがあった。 勿論、先生として生徒として仲間として家族として、短期間の間に培われたモノは彼らしか分からない。 しかし、先生や一緒に稽古をしてファミリーとなったハワイの仲間の明るさと、唐橋さんの持つ素敵な「軽み」のせいだろうか。 先生が最後に「サンシャイン」と言っていたのは心からの言葉だったのだろう。

素敵な番組でした。 初めてTV番組を見て長文を書きました(笑)  

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2005/08/27

消しゴム

ブログってのは普段の日常の何気ない事を軽く書けば良い、のが良い点の一つ。 でも、自分はなんかネタがあって文章を書きたいタイプ。 で、仕事の事とかはあんまり書きたくないし、武術の事は別のHPで公式管理人もしてる。 つーことで、書きはじめて改めて気がついた文房具好き。 アンダーな日でも、好きなモノを書くことで癒されたりする。 敬愛するスタパ齋藤氏の気持ちが分かるのだ。

で、今日は消しゴム。 小学生の頃、いろんな消しゴムがあったなぁ。 スーパーカー消しゴム、香り付き(コーラ等ジュース系、イチゴなど果汁系など)、練り消し、砂消し、電動消し。 小学生の頃にあったパラダイス、それは、『文房具店』と『駄菓子屋』だ。

さて、実用的な消しゴムと言えば、トンボ「MONO」。 遊びじゃない消しゴム。 日本人御用達。 小学二年生ぐらいから「かきかたえんぴつ」からメカニカルなシャープペンや臙脂色の三菱uni鉛筆に憧れを持ち始め。
子供じみた筆箱に納まっている、トンボMONOと三菱uni鉛筆は、大人の気分にさせてくれた(心の声:俺はその辺の小学生じゃないんだよ。ひひひ)。←この虚栄心が小学生低学年。 それからずっと「MONO」一筋でした。 ある消しゴムが店頭に並ぶまでは。

PLUS のTree'sから出た「AIR-IN」だ。 売り文句は「■いつでもカドで消す感触」。 使ってみた。 自分は2B、4B、たまに6Bも使ったりするので、綺麗に消せるものが第一なのだが、どれも良く消える。 売り文句に偽り無し。 そこで、「MONO」の時代は終わったのかも、と感じた。 以来、ずっと「AIR-IN」を使っている。 「MONO」消しゴムのパッケージは相変わらず一級のデザインだと思っている。 が、やはり、消し味と実力を俺は取った。 これからも、自分の中の定番に取って代わる文房具がでるかもしれないが、それは大いに歓迎する。

eraser AIR-INは、最後の最後まで消し味が変わらないので、小さくなるまで使っている。 エアインシリーズは色々あるけれど、自分のお気に入りの一品はスタンダードなコイツらだ。(写真) 消しゴムケースのデザインはMONOが基調なのだなぁ。 ステッドラーの消しゴムも青だったっけ。

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2005/08/22

週末

前記事つながりか。 週日録り溜めしたアウシュビッツの特集を一気に観る。 とどめに 『ブラックホーク・ダウン』 を三枚。 ず~ん。 重いわー。 映画のラスト。 米精鋭部隊最悪の一夜の後に休息無しでまた戦地へ向かうエリック・バナが、生き残ったジョシュ・ハーネットに言う言葉。
「新しい一週間が始まる 今日は月曜だ "We started a whole new week. It's Monday."」
これでなんとか一週間を始められる。

BHD

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2005/08/18

連休

今年は身体の具合が良かったのだろう、いつもは睡眠だけの連休を、"あの"戦争の特番を見て過ごした。 ネットサーフし、普通なら誰もが知ってる多くの情報を仕入れた。 なにも、判断するために見ていたわけではないので、傍観者なだけだった。 意識的に避けていた部分は大いにあったとして。 三島事件の流れで江戸時代の介錯作法まで飛んだのは行き過ぎか。
結果的に分かったのは、人は死ぬか殺されるかということだけだった。

メガトン級の情報に押しつぶされないように、自浄行動として軽い本を数冊片付けた。 自動小銃並みの抵抗に過ぎない。 左欄の「散乱書棚」にある、ロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズを近作四冊も読んでいない事に気付いて、それも慌てて読んだ。 スペンサーシリーズを初めて読んだのは高校2年の時で、友人に借りて読んだ 『ユダの山羊』 だった。 昔は邦作ハードボイルドしか読んでおらず、軽口を叩きグルマンな探偵が珍しくすぐにハマった。(で、チャンドラーやハメットへも行かず、ハードボイルドからもなし崩しに引退した。 その後スペンサーシリーズもハードボイルドから逸脱したし。 ハードボイルドでは無いけれど、最近復帰したのは花村萬月だけ。馳星周は次点。) マイベストはやはり 『初秋』 で、多くの人間が推薦してる。 それはそれとして。
近作に出てくる銃器についての知識がかなり疎くなり、実銃のイメージがすぐに出てこず(老化とも云う)幾冊かの世界の火器の本を取り出してみなくてはいけなくなった。 自分の好きな銃は、PPK/SやP38、M36といった古き良き時代のモノで、最近のあの意匠のモノはどれも「四角いピストル」と片付けてたものだが、実際常用されてるモノ達はそういうモノなのだ。 そして逃避の為のスペンサーシリーズから、火器の本(今世紀のモノ)を眺めるうちに、またあの戦争の時に使用された武器弾薬をネットで調べてみたりして、また落ち込んだりした。
全く馬鹿な自分に気付かずにこれを書いていて、結果的に分かったのは、俺は滑稽な阿呆であるということだけだった。

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2005/08/17

近眼

俺の視力は0.01だ。 左は乱視も入っている。 あの視力測る「C」みたいなヤツ、一番上のが数歩前に出てみないと見えないのよ。 眼のいい人は信じられないみたいだけど、頷く人も多いハズ。 中学までは2.0以上だったのが高1で0.8になり、その後、眼鏡・コンタクトレンズ人生になったのだ。。

初めての眼鏡は、他人がどんなものをしてるとか知識がないから、ダサいフレームでプラレンズだった。 結局、テニスで酷使しするのに都合が良かったけど。 高1の秋に、ひょんな事からスキンヘッドにした。 そこで、真円のメタムフレームの眼鏡を買った。(度が弱いので、現在も読書用眼鏡として活躍。) 良く似合ってると言われたな、ガンジー。 高2で髪を戻し、黒の四角い(正確には上が少し強めのカーブ、下に微妙なカットが入っている)セルフレームに。 社会人一年目になるまで、近眼は進み数々の度数のレンズを交換し7年使用。 流行りからはどんどん遅れていってもデザインが好きだったのでずっと使っていた。 しかし別れは突然。 ある時、仕事中にポケットに入れたまま粉砕。
コンタクトレンズは、大学で武道を始めることになってから。 眼鏡から解放された瞬間の感動は今も忘れられない! でも、コンタクトはケアが面倒なんだよねー。(薬飲み始めてから副作用で涙量が減ったし) だから、普段は眼鏡派だな。 黒フレが壊れて、初めて予備眼鏡も必要だなといい気に三つ購入したのが小さめのセル二種と初めての縁無し。 これでも今の流行りからは少し大きいので常用しない。(入社一年目は残業手当がつくのでかなり金持ちだったなぁ…) 現在、ボストンのひとつは度入りのサングラスにして車の中に。 縁無しともうひとつはお蔵入り。 あ、ハーフリム(レンズの上半分はフレームがあるけど下は無いヤツ)も買ったことがあった。 これは、稽古じゃなく軽く遊びでスパーリングした時に蹴りが顔面に入って(←馬鹿)オシャカに。

で、現在使っているのは、写真の三本。 奥の(SPRIT)はそんなに使っていない。 常用してるのは手前二本で、レンズの形が気に入ったので二年ほど前に購入した( byblos:ゴールド/臙脂&シルバー/黒)。 一本のフレームが壊れて部品取り寄せしてる間に色違いを買った。 これ、個性的でないのがいいのだ。 ファッションとか流行とかには疎いから、あれこれ集めて楽しむって感覚は無いので、これで良いのだ、と二本。
こうして書いてみると、結構眼鏡持ってたんだなぁ~。(初代から、全部で10本) しかし、ダラダラ書いてみたけど今回は文章に熱がこもらない。 結構なお値段なのだが、文房具に較べると、眼鏡に対する思い入れはぜーんぜん無い。 だから、今、急に大金が入ったら、どんな眼鏡を買おうかなぁ~とは考えない。 速攻で近眼の手術をするのだ。
やっぱ、眼鏡やコンタクトは不便だよ。 うん。

glasses

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2005/08/14

旅ノート

俺は前職辞めてプー太郎していた半年で、『温泉探検隊』の隊員になった。 なんのことは無い。 中部近辺在住の、同じ学部でツレだったヤツらの集まりで、悪友Uの誘いで長野県木崎湖でカヌー合宿に参加したのが始まりだ。 ま、『温泉探検隊』については、いつか一つのカテゴリで書き連ねてみたいと思う。

今回は旅ノートの話。 前職辞職してから始めたのが「日記」だ。 半年のプー期間では、日記のようなクサビが無いと生活の節目がができないのだ(と後から意味づけ)。 選んだのは赤い表紙でお馴染み、A5サイズのKOKUYO のCampusノートA横罫だ。裏表紙には封筒を糊付けして、半券や切り抜きなどを入れられるようにしてある。  7mm×24行のA罫線は高校時代からのベストマッチ。 その流れで、『温泉探検隊』数名で遠出する時に、旅行の為だけに一冊専用のモノを探していて見つけたのが、KOKUYO の「Campus FILLER」だ。 折り返しに便利ならせん閉じだから移動中の筆記が楽、左から5番目のカラムマーカー位置に縦罫線入りっているので書込み日時や欄外メモが取れ、切り取り用ミシン線が入っているので綺麗な切取りメモになり、、二穴パンチが空いているのでミシン目で切取ったメモは綴りファイルに使える、と、ほぼパーフェクトな機能満載のノートなのだ。 KOKUYO は、こういう優れモノを出しているから侮れない。
今ではメンバーもそれぞれ家庭を持ち仕事でも中堅になって、体力にまかせた長期の旅行はしていないが、またいつか、このノートを使うこともあるだろう。

campus 日記用のKOKUYOのCampusノート。

A5サイズでA罫。

filler02

旅日記用の、「Campus FILLER」

一番下は新しいデザインの表紙。今はどうだろう。

cutout

ミシン目で切れ便利です。 二穴パンチも見えるかな?縦罫線が左に入っているのもGOODです。とは言っても、書く(描く)ときゃ、罫線なんて無視。 最初の方のページは目的地の地図のコピーや各種時刻表を貼り、行動予定などを書き込む。

page4 これは、初の西表島遠征('97.12.27~'97.1.2。)の時のもの。 文章も書けば絵も描く。場所は移動の陸・海・空。それとテントの中だ。 筆記用具は、ゼブラの四色ボールペンのみ。 写真の右の絵は、飛行機内でスッチーと対面する座席で珍しかったので。 最近の楽チン旅行では絵の道具とかも携帯するが、まぁ使わない。気分だけね。

takiデジカメなんて無いから、写真は貼るのだ!1頁に2枚貼り、下らないコメントを残す。 四枚の写真は西表島のピナイサーラの滝 の上にて(リンク先の滝上からの眺望写真を見て下さい。遠ぉ~くに見える、河口から登ったの!)。 ツアーじゃないからガイドもなく、河口から歩いて! 滝上では珍しがられたよ、俺たち。 疲労困憊の俺。

ticketsノートの裏表紙には封筒を貼り付けるのだが、旅ノートでは大きめの封筒にしてみた。それでも、なんだかんだ、封筒はいっぱいになった。 単なる小さい紙切れ一枚一枚に、それぞれ想い出を引き出す鍵となる。

sanbiki西表島初上陸記念の一枚。 三匹のバカである(左から副隊長K、俺、悪友U)。 石垣島から天候が悪くなり、八重山観光フェリーは時化の中なんとか西表島の船浦港へ。 三人とも、洗濯機の中で揉まれた状態でヘロヘロであった。 あの頃は若かった(遠い目)。      

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2005/08/10

メモ用紙

文具が好き。 書くモノは楽しく色々集めるけど、書かれるモノはあまりこだらない(消耗品だから拘ると破産する)。 だから、メモ用紙は500枚300円の普通のコピー用紙から作る。 ミスコピー紙などを使い無駄にしない心がけも大切だけど、新品のA4用紙500枚300円を自由に使うのは、自分にとって、とても贅沢な気分にさせてくれるんだなぁ。 これは本当に物凄い安い贅沢だ。 作り方は簡単。 A4を二つ折にして切断すれば、絵や図を描くようなA5メモ用紙ができる。  さらに半分に切断すれば、ハガキ大A6のメモ用紙の完成だ。 ちなみに、KOKUY○のA6メモ用紙75枚綴50円を換算すると1枚0.67円。 これがコピー用紙をA6に切断すると500枚300円四等分として1枚0.15円。 市販のメモ用紙より紙質が良くてさらに四倍もお得という訳だ。 これはみんなに薦めたいなぁ。

切るモノ、切られるモノは年季が入っている。 カッターマットはまだ数年しか使ってないOLFAのA4サイズ(昔はグリーンのヤツを使ってました)。 カッターは、小5の時に買ったOLFAのアートナイフで20年選手(ロゴが古いネ)。 愛するOLFAのサイトはこちら。 定規は150mmのモノがシンワの直尺で、カッターと同時期購入で今でも活躍。 そして、最初の切断に必要な300mmの定規はメーカー不明。一番の長寿。叔父から引き継いだモノだから、40年は超えているだろう。多分、一生モノだ。(写真)

cutter

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2005/08/09

アゲハ

岩井俊二の『スワロウテイル』が好きだ。 この映画で岩井監督を追ってるが、自分の中ではこれ以外はなんとも、…。 CHARA演ずる娼婦グリコが、孤児の少女、伊藤歩につけた名前が「アゲハ」だった。 アイデンティティとして胸に彫るタトゥーは「アゲハチョウ」つまり「スワロウテイルバタフライ」。  この映画、本当に一般受けも玄人受けも悪いんだよなぁ。 いいや、それはそれとして。

ウチの裏の楠木に引っ付いていたアオスジアゲハの幼虫が、この間までに虫かごの中で綺麗なライムグリーン色の蛹になっていた。 で、昨日の晩、蛹が黒くなっていた。 つまり、蛹の中の蝶が成虫として今や外へ出んとする状態だったのだ。 そして今朝、虫かごが狭い狭いと、黒の中にコバルトブルーの美しい模様を持つ羽をばたつかせていた。 写真技術ゼロで写りが悪いが、今日の一枚はこれ。 空に返す前にパチリ。 綺麗なアオスジアゲハが見たい方はこちら。

ageha

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2005/08/06

だるっ!

あー、暑っ! 跳ね返すチカラが無い! 去年の今ごろは割りと良かったのに! つーことで、週末に色々エントリーの下書きをしようと思ったが、止め! サッカーも世界陸上も見ない。 サプリメントと薬を食って、ひたすら寝ることにする! 起きるのは月曜の朝だ! !マークつけて、文章だけ勢いをつけてみた!

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2005/08/01

夏休み特集:怖いもの好き? 5

大学に入って、その後、現在まで影響を受け続ける人間と出会う。 怪友「ドラゴン」である。 もとよりその武道部がある大学をリサーチして受けた大学である。 勧誘も受けず、即入部した。 ドラゴンは既に茶帯を取得していて自分よりひとまわり大きいガタイ。 何となく「面白がる」傾向が似ていたのですぐ友達になった。 部活の話は置いておこう。 夏の合宿先を探す時だったか、ウチらの学年で候補地近くのどこかに一泊した時のことだったと思う。  一部屋に皆で集まって駄弁ってた時の内容で(徹夜だったから記憶は不正確だが)、ドラゴンがオカルティックの造詣が深いことが分かった(と思う)。 蛸足大学なので、合同練習や合宿の時は車一台に人を詰め込んで移動するのだが、ヤツのワーゲンゴルフ(通称「眼力王号」)に乗るとよく怪談話を聞いたものだ。 そうだ。 こいつが俺の忘れ去っていた「怖い」を思い出させた元凶なのだ。 あー、腹が立つ。(笑) まぁ、二人が顔を合わせれば、下らない話の方が圧倒的に多かったのでそんなには気にならなかったが、真剣に怖がる俺に嬉々として語る悪魔のようなサディスティックな笑顔は忘れられない。 つーか、今もそうだろう。 お前のことだ、ドラゴン。

ただ、今でも不思議なこと。 ヤツが松本市からふらりと俺たち農学部の伊那市に来た時のこと。 キャンパスは市街地よりも標高100mは上がったところにあるので、夜道は非常に暗い。 もちろん、ドラゴンはこの地の地理を知らない。 が、農学部の相棒の車に三人で同乗したとき、会話を途切るように「あれ?この辺って、何かある?」と聞いた。 俺も詳しく無かったが、見るとすぐそこに祠があったのだ。 会話はまた元に戻っていったが、俺がコイツは何か分かる体質なのかな、と思ったのは今だに深く記憶している。

 

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