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2005/07/30

夏休み特集:怖いもの好き? 4

イタイお子さん時代をカムアウトして、ちょっぴり鬱なコタツです。 小学生の頃は喘息持ちで、家に一人でいる事が多かったので、結構オカルティックなコトへ傾いていたんだけど、中学からテニス部に入り活躍しだすと、(当時、市内で中学に硬式テニス部があるのはウチだけだったので、おのずと大きい大会やクラブ主催の大会などに出ることができた。) 生活はテニス一辺倒になりだす。 高校三年の夏で引退するまでずっと部活漬け。 受験に気がついても時既に遅し。 理系クラスなのに、あらゆる数学の試験で学年平均を上回ることはついになかった・・・。 あ、あの数学の問題用紙を配られるの気持ち悪さは不安よりも恐怖に近かったなぁ

強引に「怖いもの」にしているが、趣旨と外れてるぞ。>俺 でもある試験で、大問一題まるまる「おっしゃる意味がまるでわかりませんが。」状態になったとき、目の前が真っ暗になった。 あー、まだ覚えてる。 あ、これまだ夢に出てくるわ。 もう社会人なのに試験でまったく手も足も出ずに冷や汗流している状態。 あーやだやだ。 

ということで、忙しい高校生活を送ることで、「幽霊」だのなんだのの怖いモノに対するセンサーは全くと言っていいほど鈍くなった。 そういうもんだネと思うけれど、いつ頃からどうやって鈍くなったか思い出せないのは、単純に生活に占める「オカルティック」の割合が極小になったからなのだろうか?とも思う。 またいつか考えてみよう。 とにかく、高校時代はどこにでもある生活でした。 

本の紹介をしようと『新耳袋』を読み返し始めてしまった。 止まらない。 怖い。 この数日、「怖い」を思い出してしまうだろう…。 というか、今もう怖い。 困った。

追記:止まらない。 怖い。 寝るのが怖い。 薬増量にしてフラフラにして寝てしまおう。 あー怖い。

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2005/07/29

夏休み特集:怖いもの好き? 3

親戚にお寺が多い。 市内に4つ。県内入れれば全部で6つ。 一番近いのは自分が通ってた近所の保育園のお寺で、父はそこで育った。 自分も門前の小僧か、九九よりも先に「般若心経」を覚えた。 はやっ! でも、小学生低学年の時は夜にトイレにも行けず、なんつっても一番怖かったのは「幽霊」だと思う。 怪談とかの覚えはないから、きっと、新倉イワオの『あなたの知らない世界』だったと思う。 こまかい内容はここに書ききれないけれど、恐怖で身体を固くしながらTVから離れられない子供の自分の姿という情景を記憶してる。 だから、この頃から結構「怖いけど好き(?)」って言う感じだった。 小学生も上になると、月刊『ムー』を毎月買い始める。

「ムー」は中学まで買っていたか。 古代文明とかよりも怖い話や心霊写真目的だったと思う。 だって今思い出せないし。 んで、同じ頃に「幻魔大戦」シリーズにもハマり、精神世界がどーのこーのという、今考えればかなりイタイ小中学生だったと思う。 あー恥ずかしい。 でも、この頃の年齢ってオカルティックなモノにハマり易いというのは現在も同じだろう。 麻原彰晃にハマらなかっただけでも良しとせねば。 なんで、ブログにこんな恥ずかしいカムアウトをせねばならんのだろうとは思うが、ルーツをたどることで結構記憶が蘇ってくるのが新鮮だったりするのだ。

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2005/07/28

夏休み特集:怖いもの好き? 2.1

昨日までのエントリーは日曜日にまとめて書いたモノ。 で、今週の平日は実になんともアンダーな日々。 小中学生あたりの話、は週末にでもまとめて書きます。 UPは徐々に。

現在、怖いモノってあるかなぁ。 少しあるかなぁ。 心の問題とかでなければ、普通に『現代の怪談』は怖いっす。 『新耳袋』シリーズ は、かなりキてるね。 でも買ってしまう。 『心霊写真』はあまり怖くなく、不思議で面白く見てる。 不謹慎か。

そうそう。 自分、これまでの人生、霊体験、無いです。 もちろん霊感なんかありません。 ただ、近しい人にそういう人が途切れないですんで、そういう類の話はよく聞いてきたので、あまり疑うことはありません。 自分が体験してないからと盲目的に否定するのは、聞くのも読むのも好きではないです。 それは、たとえば武術の世界では、傍から見れば絶対ウソだろうという技や人が確実に存在し自分自身も体験しているので、心霊的なことも体験したことが無いけれど、きっと「あぁ、そういう分野はあるんだろうなぁ」と思っています。 簡単にエントリー休みの告知をしようと思っただけだけど、長くなりました(笑)。 

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2005/07/27

夏休み特集:マジック!マジック!

マジックも不思議な話、ってことで(強引だなぁ)。 マジックブームも落ち着いたようなので、そろそろカミングアウトします。 手品、大好きッス。 子供の頃からNHKの世界のマジックとかカジりついて見てたなー。 当時で記憶にあるのはダグ・ヘニングか。 一人のマジシャンで特番一つってそのくらいしか覚えていないや。 サンタクロースには手品の玩具を頼んでいたっけ。 『忍術・手品のひみつ』を読んで少しタネを知ってもずっと見てたね。 そう。 それまでは見るだけだったんだけど、ある時ちょっと変化が。 きっかけは96年に仕事の研修所で友達になったヤツに凄いカードマジックを見せてもらったコト。 マジで唖然。茫然。驚愕。魔法。 そいつは昔カジノで働いてたヤツなんだけど、研修最終日で結束が固まった我らグループ5人はそのタネを教えて貰い、一個ずつ新品の本場カジノのトランプ『Bee』を貰った。 嬉しかった。 その後、稚拙だけど演じてみれば百発百中。 面白いように驚くので楽しくて楽しくて。

さて。 今は、誰もが知るクロースアップマジシャン、前田知洋 氏に心酔中。 だって97年にトゥナイトで演じたマジックが衝撃で、ずっと録画を消さずに保存してたんだよ。 それが昨年、ブームの先駆者として華麗なマジシャン前田氏がテレビに登場して、演じられる数々の不思議。 もう駄目。 高熱発熱。 テレビはできるかぎり録画し、トランプやいろんな道具も揃え、書籍も買い、DVDも買い・・・。 前田氏がブログを持ったと聞けば追っかけのようにコメントを残し。 いや、これからもずっと追いかけるでしょう。 それに、人を愉しませたりできる趣味があると自分も楽しいし。 結構、素敵だと思わない? これがマジックのマジック。 なんつって。

写真左:96年に初めて持った正式なトランプ(普通は「カード」と言う)、Beeカード 。 カジノで使われるため、裏柄や印刷、紙質などイカサマ防止の工夫が凝らされている。 見ると同梱のカレンダーは95年だね。  写真右:敬愛する前田知洋氏の使う『タリホー』というブランド(Beeと同じメーカー)。 ゴールドの縁取りがしてあるこれは前田知洋モデルで非売品。 もったいなくて開封できない。 俺の手は女性より小さかったりするのでイロイロ苦労する。

bee tally_ho

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2005/07/26

夏休み特集:怖いもの好き? 2

ココログは前日に書いても日時指定でUPできるのが便利ですね。 ということで、亡き母方の祖母の事を。 昔のアルバムを見るとだっこされてる写真とかあるけれど、殆ど記憶に無い。 まだ同居してる父方の祖母の記憶もその頃のものは無いだけに、母の実家という距離を考えても同等量の記憶なのだろう。 

記憶の情景は、棺おけの中で鼻に綿を詰めて白い顔をして寝ている祖母の姿だ。 ということは通夜なのだろうが、外は明るい。 まわりに誰がいるか覚えていない(叔父叔母らは当然居ただろう)。 白木の棺おけだった。 これが「死」というものかという認識も無い。 「ロン」という犬が盛んに吼えているのが聞こえる。   といったものだ。

祖母というものは二人いて、あの寝ていた人が祖母だったと思ったのは小学生に上がってからの事だと思う。 亡くなった祖母に、「おばあちゃん」と言ったことはあったのだろうか。 悪夢ではないけれど、中3の頃まで、よくその記憶の情景を夢に見た。 断片だけ挿入されたり、実家のディテールの悪夢に紛れ込むこともある。 哀しいという情感もないけれど、上記の風景は変わらない。 思い起こせば、こうして文章にできるくらいに覚えている。 例えれば、「寂しい」とでも云うのだろうか。 兄と二人、社会人になって母方の実家の場所へ車で行ってみたが、駐車場になっていた。 祖母の死は、「哀しい」「怖い」ものではなく「寂しい」と今思っているのは、後から刻印された記憶なのだろうか。

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2005/07/25

夏休み特集:怖いもの好き? 1

子供達は夏休み。 と、強引に夏休み特集だ。 多少、エントリーはとびとびでも、自分の「怖いもの好き」(?)なことを振り返ってみたい。 最終的には右サイドバーの『梅吉君』に話がつながるという寸法だ。 たぶん。

「怖いもの好き」に?マークがついているのは、そう、かなり苦手なのだが結構好きってヤツだ。 自慢ではないが、小さい頃はまるでダメだった。 自分と他人が区別がついて記憶が確かな3歳ごろにはすでに「怖いと思った」記憶がある。 I先生の頃だから年少組だ。 保育園だったから寺の境内が同じ敷地(寺は親戚)。 「おそとで遊ぶ」時間、何か知らないが一人キク組のお部屋に戻ったのだ。 誰もいない。 その時、「誰も居ないという事実」に「自分以外に誰か居たら」という恐怖が頭の中に滑り込んで急激にふくらみ爆発した。 号泣してそとへ走る僕。 うん、覚えてる。 その頃の恐怖は、お化けとか幽霊とかを知る前だっただろうから、誰しもが持つ根源的恐怖なのかもしれないね。 次は小学生ぐらいまで飛ぶかと思ったら、その前に母方の祖母の死があった。 あ、これ抑圧されてた。 こうやって書くまで結構何年も忘れていた。 祖母の死は、のちのちいろいろな形で夢に出たから、次回。

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2005/07/24

ホームページとブログ

自分の持っているHPは二つ。 一つは「梅吉君」というところで集まった人間たちで情報交換して作った自分個人のもの。 左のサイドバーに当時('99)の過去ログをブログ化中。 もう一つは自分のやってる武術の支部の公式HP。 共通するのは、すべて黒地の背景にタイトルは赤。 テキストはすべて白だ。 なんとなく格好よく見えるし、黒地に白地は読みやすいと思ったから。

さて、ブログなんてのもやってみるかってココログにしたけど、やはり作成は簡単だった。 出来合いのスタイルは色々あるし、ツールも見当だけでサクサク進む。 しかし、ブログもHPも一つは自己顕示欲を満たすという部分がある。 自分、オリジナルだ。 個人HP公式HPも共通のコンセプトがあったのだが、ブログはそれから離れようと思ったので、随分と淡白なモノにした。 グレー基調でタイトルはオレンジ。 近似色ばかりにしてみた。 昨日までの作業でカスタマイズも一段落して、今はけっこう満足している。 もう、多くの人に見てもらいたい欲も抜け、まるでおじいちゃんのような心境である。    ばぁさん、飯はまだかのう。  

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2005/07/23

カレーは飲み物だ。

「カレーは飲み物だ。」と言ったのはウガンダ氏で、そのスジの人達にはもはや詔(みことのり)となっている。 つーことで、お題はカレー。 前職で食品会社に居たのだが、そこは手作りのおむすびをウリの一つにしているところ(人件費率高っ)。 当時、コンビニのおむすびが台頭してきた頃で、製造管理部の部長がしみじみこう言った。 「あんな炊き方であんなギチギチのおむすびでもな、それに慣れてしまえばそれが美味しいと思うようになるんだよ。 美味しいというのは絶対的な基準ではなくて、その人が一番慣れた味なんだよ。 おふくろの味っていっても、それは外食できる年齢になるまでに母親の作るご飯を圧倒的な量を食べているからなんだ。」と。 確か、アメリカに亡命した旧ソ連人が、お袋の味を食べたくて自由を捨ててまた旧ソ連に戻ったという話も聞いたことがある。 アメリカの食べ物じゃなぁ。 「人間は慣れる動物である。」と言ったのは、かのドストエフスキー。 

で、話はカレーに戻る。 俺の一番好きなカレーは、『ぱいぷのけむり』のチキンカツカレーだ。 『ぱいぷのけむり』 というのは、大学二年から各学部に別れ県内の地方に飛ばされるのだが、長野県伊那市にある学生の溜まり場となっている喫茶店の名前(リンク先は現在のモノ)。 喫茶店ではあるが、カレーで有名な店だ。 上記、製造部長の味の記憶の話どおり、三年間通ったこの『ぱいぷのけむり』のチキンカツカレーを人生で一番食べたはずだ。 味はなかなか辛めで基本はビーフカレー。 学生用にかなり大皿で、大盛りを頼むと食べ盛りだった自分でも腹がはちきれんばかりになる。 部活の先輩にまずここに連れてこられ、大盛りカレーを水なしで食べさせられるのが慣習。 命の綱は、少々のサラダのみ。 しかし、慣れるのである。 そして毎日、19時ぐらいに実験の手を休め、ゼミの連れと眼を合わせるとそれは「『ぱいけ』行くか。」という合図だ。 行けば同じ学科のヤツが必ず誰か居る。 「チキンカツカレー。」と何べん言ったのだろうか。 薄暗い店内に有線のJAZZ。  カレーは『ぱいけ』が一番と思う人生になってしまうのだ。 いろいろな所で美味しいカレーを食べたが、やはり戻ってくるのは『ぱいけ』。 未だに大学に残って助手をしてる悪友Uのところへ遊びに行くと必ず『ぱいけ』に行く。 マスターは今でも覚えてくれているが、時に普通盛りが食べきれないときがあり、少し寂しい想いをする事もある。 ※現在、『ぱいぷのけむり』は店舗をアピタ・ユニー館内に移し、明るい内装で家族向けの店内になっている。

あ、そうそう。 カレーは飲み物 じゃないから。

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2005/07/22

ココログカスタマイズ!

「カスタマイズ!」なんて、!は要らんですよ。 サイドバー(この本文の両側)をちょっとなんとかしたいな、と。 右側の行間が微妙に広い。 かといって、くっついて表示されるのは避けたい。 で、いろいろ見てみたけど、よくわからないのだ。 というか、結構めんどくさい。 昔HPを作った時はエネルギーがあったけどさ、今はもう、サクッとやってくれる召使いはいないかなぁと妄想する体たらくだ。 とりあえず、Googleのココログ内検索窓を左側につけてみた。 当分、使われない窓だ。 ハメ殺しだ。

さて、自分のプロバイダが@niftyなんで、なんの検討もせずにココログでブログ作成とあいなったが、いろいろと各ブログ比較を見ると、ココログは利便性は良いものの自由度は低いとある。 実際、かっちょいーブログの人は、裏技を使ったりスタイルシートをイジりまくっているのだ。 ちょっと今の僕ちゃんには、無理。 めぼしいカスタマイズテクを持ったブログはブックマークしてるんで、またやる気になったら、と。 で、いつなんだ、それ。 

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2005/07/17

『本の雑誌』

名前が剛速球だ。 編集長の椎名誠が数分で考えた名前だ。 『本の雑誌』および『本の雑誌社』のその成り立ちは、学生の椎名周辺原始共同体時代 『哀愁の町に霧が降るのだ(新潮文庫)』 、椎名誠が業界新聞社の編集に就いた時代 『新橋烏森口青春篇(新潮文庫)』に詳しく、その会社で数週間の部下であった目黒孝二との出会い『銀座のカラス(新潮文庫)』 にその萌芽を見ることができる。 そして、椎名自らが編集長となった『本の雑誌血風録(朝日文庫/本の雑誌社)』 と、個人的オススメ本コピー用紙『めぐろジャーナル』から始まり発行人となった目黒孝二側から見た『本の雑誌風雲録(角川文庫/本の雑誌社)』 を併読すると、その全貌がつかめるだろう。

長々失礼。 初の椎名誠体験は、悪友Uにススメられた『赤眼評論』だったが、当初はその昭和軽薄体というものに馴染めなかったが、今ではすっかりフリークになり、自分の分も影響を受けまくってしまっている。 その続きからか、『本の雑誌』を読み始めた。 田舎なので置いている書店が少なく、毎月注文していたが、のちに定期購読するようになった。 ダ・ヴィンチなどのライトな本紹介雑誌も買っていた(やはり大手出版社はかけるお金が凄いね)。 が、やはり、椎名・目黒・木村・沢野の四人の話が毎月読める『本の雑誌』が好きだったね。 まだ、前職の頃、BOOK OFFに山積の『本の雑誌』が無造作に縛られて置いてあり驚愕。 廉価であったので、速攻レジカウンターへ。 100冊余りのバックナンバーを一挙に手にしたのだった。 これは本当に嬉しかったなぁ。 宝くじに当たるようなもの、運命を感じる(大げさか)。 本の雑誌の活字は小さく読み応えがあり、そして過去の記事からいくつも本の紹介を目にして自分に大切な何冊かを見つけた。 

前職を辞めて、現職に就いたとき、研修期間として半年の東京生活をした。 紀伊国屋にも初めて行った。 デカくてびっくりした。 地方では置いていない本が平積みだもの。 そして楽しみは神田神保町の古書店街を散歩することだった。 足りない『本の雑誌』のバックナンバーを集めることを一つの目的にして。 なんだかんだと、結構あつまったが、創刊号は無理でした。 最古のモノは、1977年冬号(季刊)の第7号だ。(写真左。200円) 自分で初めて買った本『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』が、〔今月のお話〕として掲載されている。 総ページ数は74ページ('05年8月号は136ページ680円)。 本の広告は入れないかわりにズバズバ言うぜ!という気概があったころだ。 沢野ひとしの表紙絵も、現在のようなリリカルなものでなく、キチンとしているのも微笑ましい。 そして、この号では、本を読んでるだけで生きていれば良いという目黒孝二が、現在の評論家 北上次郎銘で書評を書いている。 目次を見ても、言いたい事を言いたい雑誌なのがわかる。

  • さらば愛しき西村寿行
  • 最近のミステリ新人にパワーがないのはどうしてか
  • 座談会「死ね!死ね!!角川商法」
  • などなど

今読んでも面白い。 さて、なんでこんなにも長々と本の雑誌について書いたかというと、先日届いた8月号が『本の雑誌30周年記念号』だったのだ。 30年。 文体は影響を受け、何冊もの本の紹介を受け、椎名誠周辺面々のその行動は大学時代の悪友らといまだに遊び歩いていることに通じている(メンバー連の書籍は全て網羅)。 しかし、あの創刊メンバーもいまや第一線を退いている。 内容も微妙に変化している。 だが今現在、毎号欠かさず買っている雑誌はもはや『本の雑誌』だけになってしまった。 思い入れがあるから、いくらでも駄文を連ねることはできるが、この辺で。 WEB本の雑誌 は、右欄のお気に入りから飛べます。 (写真左は77年冬号(季刊):写真右は30周年号)

maga

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2005/07/16

世阿弥のセーター

手編みのセーターとかけてます、なんて言わないでも、梅吉君メンバーに好評でしたこの駄洒落。 どんなセーターなんだ。 世阿弥が編んだのか、世阿弥の柄なのか。 観阿弥はどうしてるんだ。 そんな、いろいろな妄想が膨らみ、語感としても高位にある。 自分でも秀逸だなぁと思いました。 

昔の自分のHPに『コタツのコネタ』というコンテンツがあり、こんなワケのワカラナイ語感のみのヒトコトを日々更新していました。 ま、これ、結構エネルギーが必要なので、唐沢俊一氏の裏モノ日記 の冒頭には、毎日本当に感服するのだ。 凡人と才人の違いですね。

タイトルの『世阿弥のセーター』('98.11.11)、実は私以前に考えられ、活字になっているのを知りました。 バカな人間は世の中には居るもので、それだけで嬉しくなってしまいます。 中学時代の私のバイブル雑誌『宝島』。 それと双璧をなすサブカル雑誌『ビックリハウス』(私は宝島人間だったのでビックリハウスは一度もお目にかかってません。後悔。)で発行された『御教訓カレンダー』を25年分集めたのが『御教訓・大語海』 。 そこに、『世阿弥のセーター』が載っていた時の私の驚きと感動と共感を想像されよ。 そんなに高くない本だと思います。 月に数回ページを繰ってニヤリとするだけで、一生持ちます。 これ、マジにお奨めなのです。

追記:この記事をエントリーして、ふと、Googleで「世阿弥のセーター」を検索したら、「コタツのコネタ」がTOPでした。 ちと、ビックリ。

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2005/07/15

積極的に無気力に。

さぁ、連休の週末だ。 積極的にゴロゴロしよう。 時間を無駄にゆるゆるしよう。 かけがえの無い時間をゆったりと。 長い時間のペース配分は、必要。 必要。

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2005/07/12

こんなときも。

今日は稽古の日だというのに、朝起きたときから抑鬱状態。 薬を飲んで仕事を任せて、ゴロゴロと。 結局、こういう日のある人間なのですヨ、私。

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2005/07/11

橋本真也氏に合掌

今、Yahoo!のトピで橋本真也の訃報を知る。

自分は格闘技好きのようだが、正確には武術・武道好きである。 だから、プロレスというものはTV番組として見ていた。 アントニオ猪木&坂口征二がタッグを組んでいた頃からか。 覚えているのは、トロフィー授与の後にリングで乱闘がひとしきり起こってトロフィーはボロボロ。 しかし、その後になり代わりのトロフィーが用意してあったあたりで、幼いながらもこれは大人の世界なんだな、口に出しちゃいけないんだな、と感じたこと。 タイガー・ジェット・シン、ブッチャーを経て、タイガーマスクぐらいまでか。 学生で本格的に武道を始めた時、格闘技色をウリにしたUWF(前田とか高田とかの団体)を少し斜めから見ていたり。 だから正直、橋本も小川直也戦ぐらいしか知らないのよな。 でもあの試合は面白かった。 プロレスファンには熱狂的な支持を集めていたのだろう。 なにより早すぎる死に冥福を祈る。

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2005/07/10

発見!

この@niftyのブログ、『ココログ』。 過去にさかのぼってエントリーできないかなぁと思っていた。 過去の日日是コタツは、「某月某日」という体裁で書いていたのだが、メモ帳開いてHTMLで書いてあったので、タグにはきちんと日付はつけてあったのだ。

まだココログを使いこなせていないので、いろいろ機能を調べてたら、どーも、日付を過去に指定できるらしいのだ。 操作も面倒ではない。 よし!やろう! 時間があるときにやろう! 今日はやらない。

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書き心地

いやはや、昨日は一日部屋を探しました。 失せモノです(古い言い方だなぁ)。 近年の当たりの買い物、ぺんてるのシャープペンGRAPHLETです(写真)。 これは、芯の太さが0.9mmで、シャープペンの気軽さと鉛筆の芯のたより甲斐と暖かさが絶妙にマッチした商品。 しかも500円ときてる。 柔らかい芯が好きなので、今までは普通の0.5mmの4Bのシャープペンを使っていたけど、もう戻れない。 描くのも書くのもこれ一本。 2Bの芯ではあるけれど、0.9mmの径があるので、太くも細くもタッチが変えられるのだ。 やはり文房具はデザイン&書き心地。 文具好きの友人も、俺のGRAPHLETを試してから速攻で買ったもんな。 ぺんてる社の人、何かちょうだい。

で、それが消えた。 多分金曜の夜。 ペン立てまわりから机まわりから半径を広げて探していってもどこにも無い。 本当に昨日は一日探してたのだ。 結構、マジに凹んでいたのです。 (それで昨日はエントリーしなかった、というのはウソ)

が、今朝、書棚にある本を何気なくとったら、「ハサマッテイタ!」 無意識にしおりとして挟んで、厚みに気がつかず戻してしまったのだ。 あー、馬鹿な俺。 昨日一日を返しておくれよ、マヌケな一昨日の俺。 でも、見つかって本当に良かったよー。

09

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2005/07/08

朝から嬉しい。

ブログも始めてみるもんですな。 RSSがまだ良くわからないので、右欄のお気に入りから某ブログへ飛んで早朝にコメントを残したら、ちょうどウェブマスターがコメントにレスをしていて。 で、自分が紹介した本を「読んでみます」とレスを貰った。 これはちょっと嬉しかったナ。 事実、好きな本だったし。 『色の名前』 という本です。 左欄の散乱書棚にも追加しておきました。 自分が持っているのは改題される前の『色々な色』で、当時3200円でした。 今もイイお値段なので、いちど本屋さんで立ち読みしてみて下さい。 

iroiro

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2005/07/07

運は自分で引き寄せるもんだ。

gari

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2005/07/06

最期のニュース

Yahoo! にて、こんなニュースが。日航機墜落事故をノンフィクションドラマ

日航機が墜落したニュース、俺は高校のテニス部の練習で脱水した身体に、100円チェリオを校門前の菓子屋でがぶ飲みしていた時、部員とTVの前で言葉無く見ていた。 翌日のニュースだったのだろうか。 感想は覚えていない。 ただ、その時の状景を事細かに覚えている。 真実は機長と管制の交換を記録したブラックボックスの Flash  に詰まっている(有名で、かなり長いが必ず最後まで見て欲しい) これはドラマでは無いです。 後に写真週刊誌で見た惨状は酷いもので、解剖学などやっていなかった自分にとっては少しショックだった。

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2005/07/05

とりあえず。

とりあえず、ブログ開設して三日坊主にはならなんだ。 しかし、最初の三日ぐらいのテンションでは長続きしないだろうし、今日のように乗らない日もあるってことで。 短い文章でもいいんだよな。 こういう日は、pya! のこんな絵で和むのが良策だぁね。

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2005/07/04

RSS!

RSS! なんだそれ! どこかの秘密結社か? 新種の能力開発か?

いちおう、RSSナビってところでお勉強をしているのだが、少し疑問。 そんなにブログを巡回するわけでもないので、標準のブラウザのお気に入りに見たいブログを登録し、いちいちそれを気分の良い時にまわればいいのではないか? 俺、何か、根本的に間違えている? わからないことこがわからない。 俺の明日は、どっちだ?

すげーな、眞鍋かをり。 ブログ、書籍化だって。 インターネットの日記が書籍になるのは、裏モノ日記とか駄日記とかあったけど、基本的にPCで見ればいいじゃん!と思うのだが、結局加筆があったりして買うしかないんだよな。 商売が上手い。 このブログは本にはならん。 あぁ、言い切ってやるさ! この俺が言い切ってやるさ!

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2005/07/03

左側に本のおすすめ欄を設けました。

座右の書とはよく言ったもんで、不精な俺は自分の部屋の本棚にある本しか読まない。 じゃ、ほかにどこにあるかと言えば、物置状態の部屋に、ある程度の量がたまった作家別の文庫本を段ボールに入れてある。 以前雨漏りして全滅したのは高校時代に読んだ喜多方北方謙三箱と清水義範箱、そして最小限の被害の池波正太郎箱と西村寿行箱だ。 これらは、気軽に取り出せない。 腰に相談し気合を入れウオーッ!と吼えないことには、「やっぱやめとこ。」となるのがパターンだ。 読まれない積ン読本たちは、すぐ手に届くように一番近いところに積んである。←だったら早く読めよ。

今年、初めて上田市にある池波正太郎真田太平記館を訪れた。 同行の者を置いて、一人マン喫、いや満喫してきた。 そのあたりの日記はまた、別の機会に書こう。 さて、初めて読んだ時代小説作家が池波正太郎で、最初に読んだのは『鬼平』『剣客』『梅安』でもなく、随筆の『男の作法』だった。 確か、"大学に入る前に読んでおきたい本"ということで紹介されていた筈。 事実、その時期のん気に生きてきた自分の襟を正してくれたように思うし、社会に出てからも頷くことが多い。 数百円の文庫本。 しわしわ、ヨレヨレになっても価値は変わらない。

池波翁好きの友達もまたひとつ小さな宝物を手に入れたようだ。 『かわさき買出し紀行』という紀行文を寄稿してた。    駄じゃれかよ(-_-;)

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2005/07/02

バックオーライ!

バックオーライ!には色んな意味が含まれている。 バック、オーライである。 あまり往来でやるものではない(変な想像をするのは大きいお友達だけです)。 今回は、トラックバックが往来するのである。 自分のような、ブログ立ち上げする子羊たちを支援するサイト、『トラックバック野郎』と往来するのだ。 いかんせん、この記事を投稿せずには成功しているのかが分からないので、思い切って投稿だ! 発車、オーライ!

で、待つこと1時間。いや、そんなに待たないでいいんだけどね、いろんなサイトを巡りめぐったら半刻経ってったのだ。 見事! TBできておりました! さすが、俺! いいぞ、俺! トラックバックをTBなんて略して言っちゃうもんね、すでに。 で、TBにもトラックバックスパムという礼を欠くやり方があるそうで、・・・。

すみませーん! 初TBは初TBスパムでした!

もう、あわててトラックバック野郎へリンクするように記事を再編集。 いや、知らないのは恐ろしい。 実はまだ知らずに失礼しているかもしれない。大いにありうる! 頑張ろう。

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さて、どうしようか。

自分はHPを持っている。 昔、『梅吉君 』で知り合った仲間とHTMLを一緒に勉強して作ったHPだ。 当初はいろいろあったコンテンツも次第に必要最小限なモノが残り、現在は、梅吉君メンバーHPへのリンク・掲示板・日記・格闘技のメモが残っている。 ブルース・リーが好きなので、ハンドルネームは「小龍([しょうりゅう]。「しゃおろん」と読まないのがミソ)」と名乗っていたが、最近は訓読みの「コタツ」が幅を利かせている。 また、近年、武術は武術で別にHPを持つようになって、メインのHPの更新も覚束なくなった。 また、鬱病だし。 そんなこんなで、このブログをメインのHPにしてみようかと思っている。 メンバーのHPのリンクもできるし、掲示板はブログのコメントで代用もできそうだ。 武術のHPは別な形で発展しているので、メインHPのブルース・リー色もそろそろ落としてもいい時期だ。 まだまだ、ブログの機能は使いこなすのに時間は必要だが、やってやれないことはないんじゃないか。 そうなふうに思っている。

  • 今日は、ブログの看板とも言える、最上段のバナーを作成。 スタイルのカラーも基調はグレーにしてみました。 前は真っ黒だったから、すっきりしたでしょ。 って誰に向かって言ってるの?>俺
  • 旧「日日是コタツ」をリンク。 旧HPの掲示板もリンク。
  • 旧・HPの梅吉君メンバーのHPをリンク。 リンク切れや更新遅滞が多いな、メンバー。
  • お気に入りに、自分の好きな有名ブログ・公式サイトを追加。 大人の事情で格闘技関係は除く。
  • Amazonアフィリエイトというのも追加。 要するに本の紹介だわな。名前は「散乱書棚」。カッコつけて、一冊目は堅い本にしてみる。

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2005/07/01

このブログがいいねと僕が言ったから
 七月一日は 開設記念日

GeocitiesのHPにある、まるで更新していない日記をこちらへ引越ししてみようかと思い立ち、ブログ開設。

なんか簡単そうだしー。

メモ帳開いてHTMLでHPを作ってたあの情熱は、まるで無いしー。

画像も貼り付けられるしー。

いずれHP本体もこちらへ移行してみるか。

開設したものの、移行作業が面倒で途中で止めないだろうな。>

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